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2011-12-24(Sat)

揺らいでいるもの

3.11で、原発の事故が発生して以来、日本の安全性に疑問を投げかける人が増えたけれど、果たしてそれでいいのかと、常々思ってたり。
ましてや、ヒロシマ・ナガサキと同系列に語るのは以ての外で、そういう思考回路自体理解に苦しむ。

放射線障害については、チェルノブイリの時代は適当な知見がなく、広島・長崎の例でのみ推計するしか手段がなかったものの、いまは東海村JCO臨界事故での経験があり、山師のような科学的なんだか非科学的なんだかの説を振り分けるだけの材料はある。

にもかかわらず、放射性物質によるデマが広まっているのは何故だろうか。
放射線は目に見えず、それでいて大量に浴びた際は確実に身体に影響が生じる。ゆえに、心理的に脅えるのはやむ得ない。
だが、過度な反応は、ヒロシマ・ナガサキの被爆者やその二世・三世を愚弄しているようにしか映らない。

特に被爆者たちは、全く無防備な状態で大量の放射線を間近で浴びたのだ。
爆心地付近は、その爆風や熱線ではなく、その放射線で亡くなっている。
偶然にも生き延びた方は爆風や熱線で外傷を負い、水を求めてその多くが命を落とした(水を与えても、放射線障害で内臓が痛めつけられていたことにより吸収できず、結局亡くなった)。
命を取り留めて生き延びた方々は、その後の健康被害に苦しみ、そして何よりも風評に苦しみつつも、被爆後を生きた。
治療法も確立せず、また援助も不十分な中、傷つけられた生涯を懸命に力強く生きてきた。

それは、身近に被爆者がいなかった自分では語り切れず、説得力を持たないが、現に高齢になったものの存命の方がおられることで理解してもらえると思う。
というか、わかってくれ。

時は移り、原子力を武器ではなく、生活のツールの一つとして使えるようになった進化した。
しかし、多くの人々は、いまだに被爆後の価値観しか持ち合わせていない。
「日本の安全神話が崩壊した」と騒ぐことよりも、その進化の鈍さのほうが問題としては際立っているように感じる。

原発不要だと騒ぐ以前に、他に何かすることがあるのではないか。
我々は、あまりにも無知すぎる。

2011-10-18(Tue)

いいかげん

時には何かを書かないとイケないようで……
(邪魔な広告が表示されてしまう)。

8月の末あたりから、フジテレビの偏向報道というか、偏った放送配信に抗議するデモが行われて、某巨大掲示板を中心に盛り上がっているようですが、イヤなら見るな、ということで。

そもそも、民主党が政権を獲った2009年の総選挙前あたりから、報道が偏ってるなぁと感じてたワケなんだけど(そもそも、その選挙自体が小泉政権以後アレなんだけど)、そういうのが報道以外にも侵略しはじめたというか、何と言うか。


バブル崩壊の「失われた10年」の最中に就職活動をしたんだけど、その時によく言われていたのが「即戦力」。
大学を出て、本当に即戦力になれる人って、どれだけいると思ってるんですか。
しかも、即戦力となる人は、たぶんその時点で起業しているような気もしなくはない。

ともかく。その頃から、社会的な流れの中に、現実と理想があまりにも乖離しているのではなイカ、と感じてわけです。
そもそも、大卒に何を求めているのか、とか(そりゃあ、中卒・高卒に較べれば、いろんな意味で優れている点はあれど、だからと言ってそれが即業務に反映されるわけではない)。

韓流ってのも、そんなカンジがするんだよね。
そりゃあ、一時期はその目新しさで注目はされたし、ある種「タカラヅカ」的なものがあるから、人によっては夢中になれる下地があるコンテンツだとは思うけれど、主流になれるかと言えばどうだろう。

秋葉原の、ロリっぽいものとか、エロゲが表通りに堂々とでかでかとPOPである状態って、実際はどうよ、という議論にもなるけど。

小泉・竹中政権の、その方針が何だったのか、改めて考えてみると、労働市場の流動化と同時に、経済の円滑な縮小化(ひいては安定化)を目指していたように思うんだな。
その一方で、財界や世界は、グローバリズムの流れに乗り、飽くまで右肩上がりの成長を目論んでいた。生産活動を、人件費の安い中国やタイなどに移すことで利益を上げようとしたわけだけど、それって、バブル崩壊直前に辛酸を舐めたじゃん。
それらを国内に戻し、なおかつ人件費を抑えるとともに、低い所得でもゆとりが持てるような社会構築というのを目指していたのが、当時の自民党政権だったんじゃないの? まぁ、理想論すぎて、現実がそれについていけなかっただけなんだろうけど。
結局、その理想論の中から、自分たちの都合のよい部分だけを抜き出してきたのが、その以後の10年だったと感じるんだな(現在進行中)。

要するに、世の中を動かしている人たちは、すでに政治には期待してないってことだ。
けれども、それよりもはるかに層の厚い「世の中を支えている人たち」は、それでは困るわけで。その向きに目を向けたのが、テレビ朝日の報道だったと思うんだな。まちがってはないんだけど、この層って感情論に走りやすいんだよな。アタマないから。

でも、それで民主党政権はできてしまったわけだ。
もちろん、その中身は、想像どおりひどいもので……。

まぁ、政治は理想論の押しつけだ。それをいかに現実的なモノに活かすかは、世間が決める。
だからと言って、いま世間で行われていることが、本当に現実と即しているのかと言えば、否と言わざるを得ない。
そこで偶々目に映ったのが、テレビという宮殿だったわけだ。
中の人はなんだか、現実離れしたような考えを持ち、現実離れしたような生活をしていたわけだ。
テレビに限らず、メディアに絡んでいる層はだいたいそうなんじゃないかな。もっとも、その現場(端的に表現すれば、TVに映らないところ)は過酷そのものだけど(低賃金・拘束時間もキツイ・体力的にもキツイ、そういう現場だよ)。
「常に放送を流し続けなければならないのだから、1分1秒と気が抜けず大変なんだ」と言っておきながら、セシウムさんが数十秒にわたって放送される事態。

現実を見てほしい層が、いちばん現実を見てない実状。

2011-04-15(Fri)

情報工作員

川崎市に抗議2000件 ネットで誤情報広まる 

2011年4月14日 朝刊

 川崎市の阿部孝夫市長が、東日本大震災で大量に発生した倒壊家屋の木くずなど廃棄物の処分への協力を表明したことについて、「放射能で汚染されたごみが首都圏に持ち込まれる」などとする誤解がインターネット上で広まり、同市に計約二千件の抗議の電話やメールが殺到する事態に発展している。

 同市は「放射能汚染されたものは、低レベルでも移動が禁止されている。市内に持ち込まれるのは安全性が確認されたものだけ」と断言。処分についても「川崎単独の話ではなく、国の指導の下、関係機関と連携して進めていく」などと、冷静な対応を呼び掛けている。

 阿部市長は今月七、八の両日に福島、宮城両県を訪問し、支援策の一環として、知事らに廃棄物処理への協力の姿勢を示した。震災による廃棄物が岩手、宮城、福島の東北三県で約二千五百万トンと試算され、現地では処理施設も被災して処分が難しくなっている実情に配慮した。一九九五年の阪神大震災と二〇〇七年の新潟県中越沖地震の際、被災地の廃棄物を貨物列車で運び、市内で焼却した実績があることも考慮した。

 ところが、このことが報道されると、インターネットの掲示板に「川崎が福島の被ばくごみを大量に引き受ける」との誤った情報が書き込まれた。「処理施設の煙突から出たちりが首都圏に飛散する」という臆測が飛び交い、「阿部市長が福島県出身だから、市民が犠牲にならなければいけないの?」という反応も。

 ツイッターでもうわさが拡散し、市には十三日昼までに電話やメールで計約二千件の抗議が寄せられた。市環境局施設部処理計画課は「都内や千葉、埼玉からも電話があり、中には川崎出身という米国在住者もいた」と困惑。幼い子どものいる母親が大半とみられる。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011041402000033.html




川崎市の市長が福島県の震災によるがれき処理を支援すると表明してから、ネット上でこれでもかというくらい大きく騒がれてたり。

まぁ、某巨大掲示板のことなんだけどさ。w
ニュー速(ニュース速報)はいいとして、初めて見たよ鬼女スレなんて(既婚女性→既女→鬼女)。

その騒ぎようが、あまりにもテンプレというか、判で押したように画一的でなおかつ、「絶対にすんなよ」ということをきれいにトレースしている。
まるで王国民かのようにブレのない統制のとれた言動は、まるで築地にある新聞社が巻き起こした騒ぎとよく似ていて、
どこかの工作員かと思われても仕方がない気もする。

つか、どこまで反対なんだよ。w
ただ反対って言ってりゃいいってもんじゃねーし。

2011-04-04(Mon)

反対派

東北地方太平洋大震災で福島第一原発に致命的なトラブルが生じた件から、原発反対派が息巻いているんだけど、正直この人たちが「何を言いたいのか」がわからなかったり。

原発なくてもいいよ。
どんな時にでも、火力発電所を動かせるだけの燃料が確保できて、それで電力需要が十分に賄えるのなら。


賄えないからあるんだよね?

たしかに危険なものだし、できることならそばに置いておきたくはない。
だから「反対」?

必要なのは、原発に頼らない社会環境でしょ。
だったら、電力会社だけを責めるのは、何かおかしいような。



余談として、政府は事故による補償を東京電力にさせるみたいだけど、関係省庁に事故の報告をした時点で、政府が主体となって事故の解決も含めて対応すべきなのでは?

事後の対応として、何もかもがおかしい。
震災だから、という言い訳は通用しない。
この国のリスク管理は、組織も人も、あまりに機能しなさすぎる。

2010-06-23(Wed)

ふと

その以前。
中卒なり高卒で就職した場合、その収入が少なくとも、彼らは生き抜くことができた。
なぜなら、先輩社員が「少ない給料」だからと食事をおごり、あるいは手助けをしてきた。まだまだ半人前で、やること為すことは未熟でも、会社が彼らを支え、人間としても大きく成長させる場として会社があった。
やがて成長し、後輩ができ、ひょっとした出会いから家庭ができ……。その繰り返しが、社会の向上を支えていた。


……、ように思う。w


翻って現代。
大卒を最低限の条件とする求人が目立ち、それでいてある程度の経験が求められるか、あるいは1年目で自立を促される。
上昇志向なのは理解できるが、そこは「人間として大きく成長」できる場と言えるかどうか、疑問に感じる。
個人の尊重といえばもっともらしく聞こえるが、結果として個人主義がまかり通っている世の中は何か間違ってないないだろうか。
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